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建設横浜ニュース

「国の責任を認める6回目の判決、京都に続きメーカーの責任も認定、救済制度創設を後押し」建設アスベスト神奈川第2陣訴訟横浜地裁

2017-10-24

 建設現場でアスベスト粉じんに暴露し、中皮腫や肺がんになった労働者、一人親方とその遺族61人が、対策を怠った国と製造販売した建材メーカー43社を訴えていた建設アスベスト神奈川第2陣訴訟の判決が10月24日、横浜地裁であり、国とメーカー2社(ニチアス、ノザワ)に賠償責任を命じました。国に対しての責任は6例目、メーカーに対しては、昨年1月の京都地裁に続き2例目となり、建設アスベスト訴訟の今後に影響を与えるとともに、被害者補償基金創設に向け大きく後押しをするものとなりました。

「亡くなった次男思うとつらい」
遺族原告栗田博子さん(南支部)

 父と長男、次男の親子3人で工務店をしていましたが、夫と次男がアスベストで亡くなりました。夫は1陣訴訟の方ですが国の責任も認めない原告敗訴でしたが、一人親方だったので結局は認められなかったのでしょう。2陣の次男の方は国の責任が認められました。まさかという思いです。いい報告ができます。でも、次男は40歳で結婚を目前にして亡くなったので、あの時を思うとつらいです。長男も同じ現場だったので不安です。悩んでいる人、苦しんでいる人は多いです。助けてほしいです。

国とメーカーは救済制度早期に
遺族原告鍵山知栄さん(保土ヶ谷西支部)

 夫は会社でビルの設計に携わり、指示をするために現場に出ていましたが、42歳の時に肺腺ガンになり、47歳で亡くなりました。アスベストの危険を知らされることはなく対策などしていませんでした。現場管理者が救われた判決はうれしいですが、国に対して一緒にたたかってきた一人親方が認められないのは残念です。被害者が救済される制度を早期に国とメーカーは作るべきと思います。

横浜地裁「複雑な気持ち」
一人親方は国の責任認めず

 判決理由で国に対しては「1974年頃には石綿関連疾患を発症する危険性を認識できる状況にあったとして、1976年までに労働者に防じんマスクを着用させる、作業現場での警告表示を義務付けるべきだった」として、警告の義務づけを行わなかった2006年8月31日までの期間に労働者だった29人に賠償を命じました。一方、一人親方に対しては労働関係法令上の労働者ではないとして認められませんでした。

メーカー責任一人親方含む

 メーカーに対しては「被告メーカーら」とした上で「遅くても1976年にはアスベストの危険性を警告する義務があった」と認定し、中でもニチアスとノザワに、建築現場での作業内容から加害企業を特定できる保温工、左官工、タイル工の一人親方2人を含む10人に対して、賠償を命じました。

 今回の判決により国は全国6つの地裁ですべて敗訴したことになり、国の責任を認める司法判断は揺るぎないものとなりました。メーカーに対しても警告を怠った責任を認め、今後の司法判断の大きな道筋になりました。建設アスベスト被害者補償基金制度創設にむけ大きな判決となりました。

 地裁前集会に参加した杉本一安さん(旭瀬谷支部)は「勝てて良かったが、一人親方で長く現場に出てきたので複雑な気持ち」と問題点を指摘しました。

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